血液の流量を光で測る

レーザードップラー計測技術を医療機器への応用に向けて研究を行っています。

研究開発

人間の体内を廻る血液は、酸素や二酸化炭素、栄養素や老廃物の運搬をはじめ、体温や水分の調節など、生命を維持するための多くの役割を担っており、血液の循環が滞ることで脳梗塞や心筋梗塞などの重篤な疾患を引き起こすことが知られています。また手術時には患者の状態管理のため、血液循環を適切にコントロールする必要があります。このように血液の流量を計測することは身体の状態や疾患を知ることにつながり、様々な医療現場で必要とされています。
近年、体外循環等の医療機器において「より低侵襲な方法で血流量を計測したい。」といった声が高まっています。例えば透析治療の分野では、血液回路の流量管理はローラーポンプの設定値で行うのが主流ですが、設定値ではなく実流量を知ることで、より適切な治療(透析効率の向上・管理など)に繋がると期待されています。1).2).
血流量の計測手法としては、すでに超音波を使った計測方法が実現していますが、装置が大型で高額であることから普及が進んでいないのが実状です。そこで、小型で安価に血流量を計測する手法として、光を使った計測方法である「レーザードップラー計測技術(Laser Doppler Velocimeter:LDV)」による血流量計測の研究を行っています。

1).人見 泰正,林 道代,衣川 由美,中川 隼斗,笹原 知里,廣田 英二,鳥山 清二郎,高村 俊哉,佐藤 暢,藤堂 敦,西垣 孝行、水野(松本) 由子:「透析中」における内シャント血流量と実血流量の変動要因に関する研究,透析会誌45(9):863~871,2012
2).萩原 喜代美,入谷 麻祐子,二階堂 三樹夫,鈴木 一裕:Transonic社製透析モニターHD02を用いたアクセス流量測定の評価,第56回日本透析医学会総会,演題番号O-137,2011
 

計測原理

LDV式血流量センサーは、レーザー光に特有な光の干渉現象を利用した計測技術です。下の図のように同一の光源から発したビームを2つに分割し、分割したビームを交差させることで、重ね合わせた領域に干渉縞と呼ばれる光の明暗が生じます。

この干渉縞を流体内に形成することで、流体中の粒子(流体が血液の場合は赤血球等)が干渉縞を通過した際に生じる反射光の明暗の周波数をドップラー信号として取得し、流速を計測します。
つまり、干渉縞を形成した部分のみの流速を選択的に計測することが可能です(流体の濃度が高い場合、光が多重散乱の影響を受け計測が困難となります)。計測に関わる干渉縞の幅dは、光の波長λ、光の交差角θによって、次の式のように決まります。

さらに、幅dの干渉縞上を測定対象である粒子が速度Vで通過した場合、発生する信号の周期fは、次の式ように計算できます。
実際の計測時は測定対象の流速Vが必要となるため、干渉縞を通過した際に発生する散乱光を専用の処理回路によって電圧信号に変換し、その信号をFFT解析することで周波数fを取得します。この周波数から流速Vが算出され、流路の断面積から流量が計算できます。
 

高濃度流体での計測を実現

LDV式血流量センサーは、固体や低濃度の流体計測においては干渉縞が形成され、その干渉縞上を粒子(固体の場合は表面の凹凸)が通過することで流速計測が可能です。しかし、今回計測対象としている血液のような高濃度流体(人の赤血球濃度は34~50%程度)では、ビームが流体内で交差する前に無数の粒子によって何度も散乱されます。これを「多重散乱」と呼び、流体濃度が高いほど影響が大きくなり、意図した干渉縞の領域以上に光が拡がります。そのため、意図した干渉縞の領域以外からの散乱光がPD(受光素子)に入射することでノイズ成分となり、計測に悪影響を及ぼします。
このノイズ成分を除去するために、スペクトルの差分を用いた独自の信号処理方法を新たに開発しました(特許出願済)。この方式を用いてノイズ成分を除去することで、高濃度流体においても安定した流速計測を実現しました。

流速計測範囲の拡大

干渉縞上を通過する粒子によって生じる周波数は、透析への応用を想定すると数百kHz~数MHz程度と広帯域な信号となります。広帯域の信号の場合、特に高周波数領域において、信号処理回路の特性が悪化します。そのため、高周波数(高流量)での計測が制限され、計測範囲が狭くなっていました。この問題を解決するために、高SN比の信号を得るための回路構成や回路素子の最適化を進めることで、透析応用に向けた流速計測範囲の拡大を実現しました。
 

研究者の声

研究に取り組み始めた時点では、光学に関する知識は全くなく、一からのスタートでした。当時の共同研究先であった九州大学澤田研究室の協力の下、LDV式センサーの原理や設計などの考え方をご教示いただきました。この時の研究への取り組み方の考え方や、自社内へ技術として昇華することの難しさを学び、非常に良い経験になりました。医療分野では、信頼性の高い計測が必要と考えていますので、今後も技術の向上を行い実用化に繋げられるよう取り組んでいきます。
 

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